大祓

大祓は6月と12月に罪・穢(けがれ)を祓い清める神事です。
神道では、人は本来きれいな心を持っていると考え、
生活している間に知らず知らずに罪を犯しけがれに触れてきれいな心から遠くなっていってしまいます。それを祓いによって本来の心に帰す、と教えるのです。

形代で身をなで、息を吹きかけるのは心のけがれを追い出してしまうことを意味し、
自分のけがれを人形(ひとがた)に移し、人形をわが身の代わりにして清めてもらうのです。

神社から受けた形代に家中の者の氏名を記入し、
これを手に持ち身を撫で、家族の健康や町や国の繁栄・幸福などを願い、
息を吹きかけます。その形代を神社に持って行きます。

特に夏の男大祓いは『夏越の祓え』といわれ、
『茅の輪くぐり』といって茅で作った大きな輪を境内に作り
それをくぐることで罪・けがれを祓います

参考:

罪穢(つみけがれ)とは、災厄がおこる原因と考えられている諸々の「罪」と
神事を行なう時に忌みはばかられる「穢」という2つの意味に分けて考えることが出来ます。

罪については
主として農耕を妨害する行為、傷害や不倫姦淫、他人を呪う事などという
反社会的な行為が挙げられています。
これらは律令が制定されるまで、具体的な罪名とされてきたことであり
この「罪」に対する代償として贖い物(あがないもの=つぐないもの)を
差し出すという「祓」が義務付けられていました。

穢(けがれ)とは
「浄明正直(=汚れ・にごり・くもりなどがなく美しい、心に不純な所がない、正しく嘘偽りがない)」
の言葉であらわされることとは異なるものが自らの身につく状態をさします。
これらは自らの行為による「罪」とは異なり
死、病など日常とは異なる諸事によって
受動的に起こる現象と考えられてきました。

「穢」は神事への関与がはばかられるほか、
他人に災いを与えるものとされ、その対処としては水などにより
この「穢」を流し去る「禊(みそぎ)」が行なわれてきました。

一般的には「穢」に中に「罪」が含まれているという考えがあるため、
祓詞(はらいことば)のように「罪穢」として同一に用いられることも多いようです。

神道には、キリスト教のように人が生まれながら負っている
「原罪(げんざい=アダムとイブが禁断の木の実を口にし、神の命令に背いた罪。
アダムの子孫である人類はこの罪を負うとされる。)」という考えはありません。
誰もが日常的な生活の中で犯してしまう恐れのある「罪穢」に対して
常に慎み(つつしみ)の心を持ち、身体を清浄な状態に保つために
「禊(みそぎ)」を行なうことが、その基本的な考えといえます。
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by tamako0070 | 2005-11-28 15:38 | 神社
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