三社祭 記事(オーマイニュース)

三社祭の裏に暴力団と警察あり~小野川梓コラム から


 東京の3大祭の1つ、浅草神社の三社祭は3日目の5月20日、本社の神輿(みこし)が街に繰り出す「宮出し(神輿渡御)」でクライマックスを迎えた。

 重さ1トンもある3基の大神輿を大勢の担ぎ手が「セイヤ、セイヤ」の掛け声に合わせ、上下に揺らしながら進む勇壮な祭りである。

 その三社祭で今年、3人の逮捕者が出た。神輿の上に乗って混乱を煽(あお)ったのがいけない、とされた。しかし、「祭り騒ぎ」という言葉まである。祭りで人びとを混乱させたら罰せられるというのはおかしな話ではないか。

 なぜ、そうした事態となったか、残念ながら各紙とも読者の疑問には答えてくれなかった。

 三社祭の「宮出し」は東京だけでなく、最近は全国から神輿の担ぎ手が集まるほど有名だ。それだけに、各紙は21日朝刊で、写真付きで報じている。記事には、神輿乗りが禁じられていたのに禁を破って乗る者がいた、とも記されている。

 最も派手に報道したのは、ブロック紙としての紙面づくりに加え、地元紙としての特徴も売り物にしている東京新聞だった。

 社会面の“ヘソ”と呼ぶ中央に、2基の神輿と担ぎ手が交錯するにぎやかな光景を6段のカラー写真で映し出し、「浅草過熱」と見出しを打った。「『禁止』の神輿乗りも」というサブ見出しもあり、「神輿乗り禁止」を一部担ぎ手が破った、と記事にしている。ただ残念ながら掲載された写真の神輿上には人影がない。

 朝日も社会面のヘソに3段のカラー写真を掲げ、「ああ、乗っちゃった 三社祭『宮出し』」との見出しを付けて、大きく扱った。写真は法被姿で神輿上に乗る3人の男の姿をとらえている。もちろん記事にも一部の人が神輿に乗った、と書いている。

 毎日も社会面のヘソ。モノクロながら神輿上に2人の法被姿の男が乗っている写真を3段で載せ、「神輿乗りまたも 浅草・三社祭」と報じた。日経も社会面のヘソに見出し2段、モノクロ写真2段で取り上げ、「神社の禁止要請むなしく 結局今年も神輿乗り」と記している。

 読売は対社面に、見出し2段、写真もモノクロ2段という地味な扱いながら、「神輿乗り1人逮捕 禁止の約束無視20人以上」と伝えた。逮捕者が出たくだりは他紙にはない。読売は、担ぎ手の1人が「人を押しのけ、混乱を誘発した行為が違反に当たる」として、警視庁浅草署に東京都迷惑防止条例違反の現行犯で逮捕された、と説明している。

 東京発行の一般紙がそろって神輿乗りが禁止されていたことを認識し、呼びかけが守られなかった点に焦点を絞って、祭を報道した。これは各地の年中行事などを「絵と記(エトキ)」(季節ものの写真中心のニュース)で取り上げるのとは、意味合いが違う。それでいながら、読売以外は逮捕者の存在に言及していないのは、お粗末極まりない。記者が「エトキ」のつもりで、漫然と取材していたせいだろう。

 それを反省したからではないだろうが、毎日は21日付夕刊社会面に3段で「神輿乗り3人逮捕 三社祭、警官の制止無視 粗暴行為の疑い」との続報を掲載した。日経も同じ21日付夕刊に「浅草・三社祭で逮捕者3人 迷惑防止条例違反など 神輿乗りは約20人」と続報した。祭りの続報は、極めて異例だ。

 両紙によると、逮捕者3人のうち1人の容疑は、神輿の上に飛び乗ってセンスを振り回し、担ぎ手をあおって混乱を誘発した条例違反。ほかの2人は、神輿に飛び乗ったその担ぎ手を逮捕しようとした警察官に体当たりした、公務執行妨害容疑という。

 直接の逮捕容疑はともあれ、各紙の報道では、どうして神輿乗りが問題になったか、が判然としない。

 各紙を総合すると、以下のような事情があったことはわかる。

 神輿に乗って騒ぐ行為は神様を冒とくする行為だとして、神社側が担ぎ手側に禁止を通告し、担ぎ手の所属組織(複数の同好会)がそれを了承していたこと。昨年の祭りで16人が神輿に乗って、その重みで神輿が地面に接触し、担ぎ棒が折れたこと。今年の「宮出し」で神輿乗りが現れたら、来年の「宮出し」中止方針を神社側が打ち出していたこと──。

 こうした事情が背景にあったにしろ、だからといって、神輿乗りは警察の力を借りてまで取り締まらねばならないものなのだろうか。

 そもそも祭りでは、威勢のいい景気付けが欠かせない。神輿や山車の上に乗る行為は危険だが、その危険を顧みずに上に乗り、立ち上がれば、ヒーローとして喝采(かっさい)を受ける。だから、男は挑戦する。向こう見ずなパフォーマンスが祭りのムードを盛り上げ、人びとのハレの気分を高揚させるのだ。

 確かに神様を汚す行為なのかもしれないが、それを禁止したら岸和田のだんじりなどは成り立たないではないか。どこの神社も堅いことを言わず、神輿乗りを黙認してきた。それは祭りの本質に関(かか)わるからだろう。祭りに死傷者はつきもの、ということも、おおかたが諒解(りょうかい)していることだ。

 浅草神社も神輿乗りは原則禁止としながら、長い間、徹底せず見逃してきた。突然、禁止方針を徹底し始めたのは、昨年の祭りから。実は昨年の「宮出し」でも警官隊が規制を強化し、担ぎ手5人が同条例違反容疑で逮捕されている。

 だから、担ぎ棒が折れて危険だから神輿乗りを禁じた、という各紙の説明はつじつまが合わない。神社側はなぜ、態度を急変させたのか。新聞が三社祭をニュースとして取り上げるならば、ぜひとも真相を探り、この間の事情を説明しなくてはならないはずである。

 神社側が神輿乗り禁止に転じた理由――。それは、広域暴力団山口組が本格的に東京に進出し、2005年8月に東京都台東区を本拠地とする関東の老舗の暴力団・國粋会を“吸収合併”したことと無縁ではない。

 というのも、やくざの縄張りはもともと、神社や寺院単位に形成されてきたからだ。社寺ごとに地域の裏社会を支配する暴力団があり、縄張り内で賭場を開く権利を独占してきた。対立する暴力団が自分の縄張りに入り込んで賭博を開帳したり、身かじめ料を徴収したりするのを見過ごしていたのでは、縄張りは守れない。腕づくで侵入しようとする者を排除するだけでなく、神社の祭礼では先頭に立って行事を取り仕切り、勢力を内外に誇示してきた。

 さすがに最近は暴力団が前面に立つことはなく、暴力団と縁が切れた社寺も少なくない。祭礼は氏子総代が仕切り、地元のとび職らが神輿の担ぎ手を束ねるケースが目立つようになった。

 ただ、そうは言っても、祭りの最中に無用な混乱が生じないように、裏面では暴力団側とも気脈を通じ、暴力団側も神輿の担ぎ手として組員を参加させているはずである。昔から三社祭には、國粋会のメンバーが法被を着込んで神輿の担ぎ手として加わっていたのである。伝統があるだけに、たとえメンバーが神輿の上に立つことがあっても、許されてもきた。

 しかし、國粋会が山口組の傘下に入ってしまえば、事情が異なる。万万が一、山口組の代紋を背負った担ぎ手が神輿の上に乗るような事態となれば、山口組が全国制覇を成し遂げたことが鮮明になってしまう。

 なにしろ舞台は東京で1、2を争う伝統の祭礼なのだ。だんじりの上に関東の暴力団関係者が乗るような事態を想起すればいい。暴力団よりも警察の面目が立たない。そこで、警視庁は神輿乗りを禁じるように神社側に働きかけると共に、同条例違反などでの取り締まりを強化した……。これが真相だったはずだ。

 祭りの喧騒(けんそう)から生まれた逮捕劇として片付けていたのでは、実相が分からない。神輿を取り巻く群衆に、隠し絵のように潜んでいる暴力団の勢力争い。そこまで取材して原稿をまとめれば興味深い記事が仕上がり、社会面が活気を帯び、躍動する。

 新聞離れが深刻な社会現象となり、その責めの多くが読み手側に帰せられているが、新聞がつまらなくなり、面白い知識を提供しないから読まれなくなったのではないか。祭りの記事1つでも、徒(あだ)やおろそかにしてはならない。

小野川梓……新聞評論家

色々と奥がありますねー。
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by tamako0070 | 2007-05-25 15:11 | お祭り
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