カテゴリ:神社( 119 )

第62回神宮式年遷宮ご用材奉曳(お木曳)

去る5月19日に当神社氏子が参集し、お伊勢様へお木曳きに行った。(私は仕事の都合で不参加・気持ちだけ)お土産にミニチュアを頂いたのでその写真を載せました。きっとこんな物を曳いたのでしょうか?20年ごとに社殿を造り替える部材になるのです。凄いですね。神宮最大のお祭りだそうです。皆様ご苦労様でした。a0065010_1175177.jpga0065010_1175733.jpg
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by tamako0070 | 2006-05-20 14:30 | 神社

浅草寺本尊示現会 堂下げ 3月19日

浅草寺の本尊である聖観世音菩薩の尊像が、隅田川で漁をしていた二人の兄弟(桧前浜成・竹成兄弟)の手によって引き上げられた3月18日は、浅草寺のご縁日です。浅草神社においても、かつての三社祭が3月17・18日に行われたことからもわかるように、大変縁の深い日といえます。
  聖観世音菩薩が現れ、その 功徳を示された3月18日を慶祝し、示現会が行われるようになりました。(浅草神社HP)

今年初めて宮神輿を見て来ました。浅草神社の3基の神輿です。
見ちゃうと体が疼きますねー。
浅草神社の宮神輿も大きいけど、やっぱりうちの神社の宮神輿の方が立派に見えるなーー。
これが氏子愛というものでしょうか?
早く担ぎたいーーーーー。奥さますみません。

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by tamako0070 | 2006-03-19 17:31 | 神社

節分祭

3日は境内にて節分祭が行われました。今年は年男が少々少なかった分、氏子の人達が例年になく沢山参加されました。
節分とは「季節が変わる節目」の意味です。
立春・立夏・立秋・立冬の前日を言いますが今日では特に、冬から春に移る立春の前日のみをさすようになっています。その為神社では1年の最後と考えられ、希望に満ちた新春を迎えるための除災招福の願いがこめられています。
古くは文武天皇の時代(706年)に全国で疫病が蔓延した為、疫病の原因と考えられた鬼を追い払う為に行われましたそうです。
室町時代からは神社や民間で今のように節分の日を定めて豆まきで鬼を払い、福を迎える事として行われ、今日に至っているそうです。
(写真は少し趣を変えてセピアで撮ってみました)
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by tamako0070 | 2006-02-03 20:24 | 神社

新年 あめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。
氏神様にお参りに行きました。ちょうど0時です。
ご奉仕のみなさんも本当に御苦労さんでした。

やはり最初に氏神さまの所へ来て欲しいですよねー。
世話人忘年会でもみんなで松明のところで挨拶しようと話していたのになーー。
こんなもんなんだよなーーーて感じです。
ちょっとは考えて欲しいなーー。

なんて念頭から愚痴になってしまいました。

今年も頑張って更新しますので宜しくーー。a0065010_17493149.jpga0065010_17495211.jpg
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2日に恒例の旅行に行き、今年は山梨の武田神社に参拝にいってきました。
拝殿と社殿がわかれており、なかなか立派な神社でした。
参拝客も沢山いました。

五反田 氷川神社
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by tamako0070 | 2006-01-02 17:54 | 神社

下半期 大祓

29日木曜日18時より、大祓が行われました。
当日はとても寒かった中、おおよそ40数名の神社関係者が集まりました。ご苦労様でした。
これで新年も新しい気持ちで迎えられますねー。

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by tamako0070 | 2005-12-30 00:11 | 神社

大祓

大祓は6月と12月に罪・穢(けがれ)を祓い清める神事です。
神道では、人は本来きれいな心を持っていると考え、
生活している間に知らず知らずに罪を犯しけがれに触れてきれいな心から遠くなっていってしまいます。それを祓いによって本来の心に帰す、と教えるのです。

形代で身をなで、息を吹きかけるのは心のけがれを追い出してしまうことを意味し、
自分のけがれを人形(ひとがた)に移し、人形をわが身の代わりにして清めてもらうのです。

神社から受けた形代に家中の者の氏名を記入し、
これを手に持ち身を撫で、家族の健康や町や国の繁栄・幸福などを願い、
息を吹きかけます。その形代を神社に持って行きます。

特に夏の男大祓いは『夏越の祓え』といわれ、
『茅の輪くぐり』といって茅で作った大きな輪を境内に作り
それをくぐることで罪・けがれを祓います

参考:

罪穢(つみけがれ)とは、災厄がおこる原因と考えられている諸々の「罪」と
神事を行なう時に忌みはばかられる「穢」という2つの意味に分けて考えることが出来ます。

罪については
主として農耕を妨害する行為、傷害や不倫姦淫、他人を呪う事などという
反社会的な行為が挙げられています。
これらは律令が制定されるまで、具体的な罪名とされてきたことであり
この「罪」に対する代償として贖い物(あがないもの=つぐないもの)を
差し出すという「祓」が義務付けられていました。

穢(けがれ)とは
「浄明正直(=汚れ・にごり・くもりなどがなく美しい、心に不純な所がない、正しく嘘偽りがない)」
の言葉であらわされることとは異なるものが自らの身につく状態をさします。
これらは自らの行為による「罪」とは異なり
死、病など日常とは異なる諸事によって
受動的に起こる現象と考えられてきました。

「穢」は神事への関与がはばかられるほか、
他人に災いを与えるものとされ、その対処としては水などにより
この「穢」を流し去る「禊(みそぎ)」が行なわれてきました。

一般的には「穢」に中に「罪」が含まれているという考えがあるため、
祓詞(はらいことば)のように「罪穢」として同一に用いられることも多いようです。

神道には、キリスト教のように人が生まれながら負っている
「原罪(げんざい=アダムとイブが禁断の木の実を口にし、神の命令に背いた罪。
アダムの子孫である人類はこの罪を負うとされる。)」という考えはありません。
誰もが日常的な生活の中で犯してしまう恐れのある「罪穢」に対して
常に慎み(つつしみ)の心を持ち、身体を清浄な状態に保つために
「禊(みそぎ)」を行なうことが、その基本的な考えといえます。
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by tamako0070 | 2005-11-28 15:38 | 神社

氷川神社(氷川神社のご祭神である須佐之男命)

神話カレンダーより

須佐之男命のお父さんは 「伊邪那岐命(いざなぎのみこと)」
お母さんは 「伊邪那美命(いざなみのみこと)」で
お二人は 力を合わせて たくさんの島を生み、日本の国をおつくりになった神さまです。

須佐之男命は 3兄弟の末っ子で あまりにも いたずらをするので
高天原(たかまのはら=日本神話で、天照大神(あまてらすおおみかみ)をはじめ
多くの神々が住んでいたとされる天上の世界)から追放されます。

その後、地上にくだり 大変な 苦労を重ねて 旅を続け、
出雲の国(島根県)で、やまたのおろちを退治し、幸せな結婚をしました。

では、これから須佐之男命のお話をはじめます。

伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と 伊邪那美命(いざなみのみこと)は
日本の島々や 海や山、 そして たくさんの 神さまを 誕生させました。

しかし 最後に 火の神さまを 生んだ時の やけどが元で、
妻の伊邪那美命は 亡くなって しまわれました。

伊邪那岐命は、 亡くなって しまった 妻に もう1度会いたくて
黄泉の国(よみのくに=死後、その魂が行くとされている地下の世界。冥土(めいど))まで
追いかけて 行きました。

けれども そこは 死者の国。
伊邪那美命の姿は、変わり果て 驚いて 逃げ帰ることしか できませんでした。

筑紫(九州)の きれいな川の ほとりに たどり着いた 伊邪那岐命は、
みそぎ(=身に罪や穢(けが)れのある者、また神事に従事しようとする者が
川や海の水でからだを洗い清めること)をして 心身を 清められました。

その時、左目を 洗われると 『天照大御神(あまてらすおおみかみ)』
右目を 洗われると 『月読命(つきよみのみこと)』が
鼻を 洗われると 『須佐之男命』がお生まれになりました。

伊邪那岐命は
「天照大御神は 神さまが お住まいになる 高天の原を。
 月読命は 夜の世界を。 須佐之男命は 海を 治めなさい。」と
言い渡されました。

ところが 須佐之男命は いつまで たっても 言うことを 聞かずに
母に 会いたいと 泣き続け、 その激しさに 山が枯れてしまうほど でした。

それを 見ていた 伊邪那岐命は
「言うことが 聞けない のなら ここから 出て行け!!」と
ひどく 怒って 須佐之男命を 追い出してしまわれました。

須佐之男命は
「お姉さまに わけを 話しに 行こう。」と 天照大御神が いらっしゃる
高天原に 行きました

天照大御神は、大地を揺り動かしながらやってくる
須佐之男命に 驚き、何か 悪い心を 持っているのではないか、と疑いだしました。

そこで 心の清らかさを 確かめるために「誓約(=神に誓うことによって吉凶・成否を占うこと)」
という占いを してみました。

お互いに 子供を 生んで 占ってみると
天照大御神からは 男の子、須佐之男命からは 女の子が生まれました。

須佐之男命は
「女の子が 生まれたのは自分は 清らかな心を 持っているからだ!!
自分の 勝ちだ!! 」と言って
調子に のって 暴れだしました。

須佐之男命は 大事な お米を 作る 田を荒らし、
糞を ばら撒いて、御殿を汚しました。

天照大御神は、しばらくは 大目に 見ていましたが
須佐之男命は、暴れることをやめません。

とうとう、服を 織る 建物の 屋根から 殺した馬を 投げ入れ
働いていた 女の子が 驚いて 死んでしまうという 騒ぎを起こしてしまいました。

天照大御神は、乱暴のあまりの ひどさに 恐れを いだき
天の岩戸に 隠れてしまわれました。

すると世界は とたんに 真っ暗になり、
悪いことが 次々と 起こり出しました。

困った 高天原の神さまは、相談をして、
にぎやかに お祭りをして 天照大御神の 気をひこうとしました。

その願いが通じ、天照大御神は 天の岩戸から お出になり
世界は 再び 明るさを とりもどしたのです。

須佐之男命は、罰として 高天原を 追い出されてしまいました。

須佐之男命は地上にくだってきました。

来る日も来る日も冷たい雨が降り続いていました。

須佐之男命は蓑(みの)や笠(かさ)をつけやっとのことで
雨をしのぎ、旅を続けていきました。

疲れた体を休めようとあちこちの家を訪ねましたが
「高天原を追われた悪い神だ!!」と言われ、
どこの家にも入れてもらえました。

ある日、須佐之男命は
「蘇民将来(そみんしょうらい)」「巨旦将来(こたんしょうらい)」という2人の兄弟に宿を求めました。

弟の巨旦はお金持ちでしたが泊めませんでした。

兄の蘇民は貧しかったのですが快く迎え入れもてなしました。

須佐之男命はその温かいもてなしに感謝し、
「お前たちが幸せに暮らせるように、災いを避ける茅の輪(ちのわ)を
身に付けなさい。」と蘇民に教えました。

その後、恐ろしい病気が村をおそいました。
その時、巨旦の家族はみんな滅んでしまいましたが
蘇民の家族は茅の輪(ちのわ)のおかげで誰も病気になりませんでした。

「家族みんなが無事だったのは須佐之男命さまのおかげだ!!」

蘇民は、その後、須佐之男命の教えを子孫に伝えていきました。

毎年、夏に多くの神社で「夏越の大祓(なごしのおおはらい)」の
神事が行なわれています。
この時に「茅の輪(ちのわ)」をくぐって病気や災いがないよう祈り
罪けがれをはらいます。

これは須佐之男命の教えが今も続いているということです。
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by tamako0070 | 2005-11-28 15:33 | 神社

七五三について

季節事でちょっと調べてみました。
七五三は、古くから 伝わってきた 子供の成長を 祝う大切な人生儀礼です。
三歳は 『髪置(かみおき)』といって、髪をのばし始めることを意味し、
五歳は 『袴着(はかまぎ)』といって、男の子が初めて袴を着用することを意味し、
七歳は 『帯解(おびとき)』といって、女の子が幼児用のひもを解き、
大人と同じ帯を用いることを表し、子供の成長を 社会的に 認知する為に 行なわれてきた 通過儀礼を 起源としています。

これらの お祝いは 公家や 武家の間で 行なわれていましたが、
江戸時代に なってから 庶民の間にも広まり、氏神様に 今まで無事に過ごしてきたことを感謝し、今後も 健やかに 成長することを お参りする風習が定着しました。

七五三は 本来 数え年で行ないますので 実年齢よりも1歳早くなります。
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by tamako0070 | 2005-11-28 15:25 | 神社

神社・神輿世話人忘年会

26日の土曜日に神社社務所にて恒例の忘年会が開かれました。今年のお祭りを振り返ったり、毎年恒例のじゃんけん大会など大いに盛り上がっていました。そんな中、神社宮司より「若い人に神社行事にもっと参加して欲しい」という旨のお話を頂戴しました。
みんなーー参加しようーー。お祭りだけじゃないよーーー。
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by tamako0070 | 2005-11-27 07:01 | 神社